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■■ エピソードU    〜 Lovely 〜
あの麦わら帽子は、どこに忘れてきたのでしょう。
なぜなのか、思い出せないのです。
ピンク色のリボンがついた、大のお気に入りのあの麦わら帽子。
花を摘んでいた時は確かにあったのに。
ひと休みしたベンチに置き忘れてきたのでしょうか。
                      それとも。。。。。。。。。。


そんな夢の中のようなガーデンを、今年の夏、私は作りました。

◆◆◆
9月の作品展に何を作ろうか考えていた時、やはりピーター・モッツの絵をひとつは作りたいと思いました。
去年、日本ホビーショーで買ってきたピーター・モッツの絵は、
いまだ手付かずの状態でしたが、それはそれで、別の絵を注文することにしました。
迷いに迷ったあげく、この「Lovely」に決めたわけですが、
この絵の中で気に入った”ツボ”ともいうべきところは、
「ギボウシの葉」と「アガパンサスの葉」でした。この二つを作りたいと思ったのです。

注文した絵が届いた時、私だけの「Lovely」を作ろうと決めました。
◆◆◆

「ギボウシとアガパンサスの葉」を、早く作りたいという気持ちを抑え、
奥と左右の花、石畳などを作りこみ、やっと、アガパンサス。
大きな素焼きの鉢に、溢れるように垂れている感じが出るように、
バランスを見ては、葉をつけ足しました。

アガパンサスの花は、花びらの先を尖らせて作りました。
なぜかというと、下の草の先端だけがとがっていると、
そこだけ異様に浮くように思ったからです。
「丸く表現するところ」と、「とがって表現するところ」を、
ところどころに混ぜて、全体の調和を考えて作ったつもりです。
そして、念願の「ギボウシの葉」
こんな感じに仕上がりました。

草も、カットしては重ね、
奥行きが出るようにしました。
◆◆◆
上部の薔薇の葉は、1枚ずつカットして付けるのではなく、3枚つなげてカットし丸みをつけて付けてあります。
これが、また、時間がかかりました。でも、時間がかかっても面白かった部分です。
いったい何枚葉をカットしたことか、何十枚とカットしては、丸みをつけ、重ねる。これの繰り返しでした。
でも、面白かった。
ときどき、イーゼルに立てかけてバランスを見て、より自然な重なりになるように、またカットしては付け足し、カットしては付け足し。
下側から見た時にも、葉が奥にもあるように、階層部分の隙間にも、埋め込みました。


*左の写真の原画の部分です。*
◆◆◆
ピーター・モッツの絵は、マットの上にも描かれているところが特徴的でもあります。
この「Lovely」も、上部のつる薔薇部分の他に、右側の中程、左側の中程と下のゼラニウムの横にも、描かれています。
その部分をどうしようか考えましたが、上部のつる薔薇部分があまりに豪華(重い?)なので、他の部分を入れると貧弱な感じがするようでした。
それで、マット上には、つる薔薇だけを作ることにしました。
しかし、そうすると、他の箇所が寂しくなるので、写真のような「ネームプレート」と「コーナー飾り」を付けました。


*ネームプレート*

*コーナー飾り*

こうして、出来上がった私だけの「Lovely」は、無事作品展で皆様にお披露目できたわけです。

◆◆◆

私が、この作品を作って今回改めて感じたことは、「シャドウボックスは、大変だけどおもしろい」ということでした。

この絵の作者ピーター・モッツが、現実か想像かは別にして、「見た」であろう3次元の庭が、ピーター・モッツの「目」を通して平面の絵になる。
そこには、ピーター・モッツの感性で表現された強調と省略が存在するわけで。
その絵を、私の「目」を通して、また、3次元の世界にする、私の感性で表現された立体画。
これは、ある種の快感に近い面白さだと思うのです。

今回、特に、つる薔薇の葉を作る時、この面白さを実感しました。

「シャドウボックスは、他人が描いた絵を切って重ねるだけ。」と、言われることがあります。
確かに、「切る」と、「重ねる」という行為は、「絵を描く」という行為に比べれば、日常的でだれでも簡単にできるものです。
でも、「単純な行為」の積み重ねだからこそ、奥が深いと思うのです。
「他の人が描いた絵」だからこそ、創り手の感性で立体に再構築できると思うのです。

「Lovely」は、私に、そんなシャドウボックスの面白さを再認識させてくれた作品でした。

2005年9月27日
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